2010年5月19日水曜日

思ったことなど、、

平日のパーティーに誘われました。

スゲエ楽しかった!

「大阪の夜で音遊びしてはる人らと音の壁を無くして遊ぶ」

ってコンセプトのブッキングで、実際当日もそんな感じの集まりになりました。
いつも遊びに行くと大体同じようなメンツが集まっていて、好きなひと達だけがパーティー単位で出かけて行くというか、
大阪だけじゃなくてどこも大体そんな感じだと思うんですが、
この日はなんか最近忘れてたごった煮感が音にも人にもありました。
似た音楽が好きな人だけが集まってるんじゃないって、実は素晴らしいですよね。
なにかこの辺りに未来があるんじゃないのかな〜? 
地元愛つながりとか、そんなんでいいのかもしれません。
(でも、いざやるとなると、難しい)


週末はJACKFORDAZEでした。

前回よりも念入りに出音調整、一部からは良い評判も頂きましたが、
箱の雰囲気的にあった出音と、長時間踊ってても疲れない出音をこれからも探って行きたい。
stantonの針680E.V3はやっぱええ。買おう。
タンテの振動対策がイマイチでした。。

えりちゃんのデコで、満点の星空レーザーが映えた。
彼女は昼も別のパーティーに参加、意欲とセンスが抜群のパーティーピープルです。
いつもありがとう!

さきちゃんの誕生日を兼ねてました。
おめでとう!
アベチカのケーキはいつも最高!
(味はもちろん、上に乗ってたさきちゃんを型どったクッキーが激似でした)

半蔵くんのDJは青春時代を思い出すと言われた。
(サイドバーに音源アップしました。もしくはコチラ)
常に青春ですw

久しぶりにフロアで脱ぎ始めた奴を目撃。
トランクス一丁になって、しきりにケツをまくりあげていた
(次回はTバックでご来場下さい)
全裸になるも、最後はKO-JAX&SPOTのDJにK.O.されてました。
(DJしながら相当気合いが入った模様。当然ですネ)

レコード屋の方も盛況で、常に誰かが試聴してました。
どうやらレコードを触ったことがない世代も、レコードに触れるきっかけになってるようです。
アンコールが始まってからやっと試聴台が空いて、テキーラの勢い余って大量購入!

フロアに戻るとブースが米子クルーにJACKされてましたw

その後unionのゲイミックスパーティーへ行ってきた。
おうし座新月の週末は、金星(愛と楽しみ事の星)が重なってたせいもあってか、
どこも楽しかった模様です。

次回JACKFORDAZE、6/12sat@バックルームです。

2010年5月10日月曜日

誕生日とおもてなしの心

先週末はGADOGADO@zingでした。
東京からSALMON a.k.a 徳川家康、来阪ということで、真田として迎え撃ち、
「宗右衛門町春の陣」だ、
なんて身内で盛り上がっておりましたが、この時代に戦ってねえ、から始まり、
SALMONのネーミング秘話、その他ここには書けない話を聞けたり、徳川と真田は戦友となったのでありました。

この日は自分の誕生日でした。
ここ数年、誕生日には自分でパーティーをオーガナイズしていて、今年もそのつもりだったのですが、
諸事情あって、半ば諦めていた時にタイミング良くオファーを頂きました。

「祝ってもらう立場だから、ホストするのは至極当たり前でございます」
とはとあるDJの言葉。

その通り!

人様のパーティーに呼ばれたとはいえ、自分のバースデーも兼ねたパーティーなので、友人たちには何かしないと!
(今更他人様に祝って頂くような歳でもないんですが、祝いにかこつけてパーティーってのはいいもんです)
結局、ケーキ代わりに最近のミックスをCDに焼いて20枚ほど持って行きました。逆誕プレ。
仕込みの時間が足りず、ラベルは空白のまま。。
現場で、おめでとうの言葉を頂いた友人たちに、ありがとう、とマジックで書き、渡しました。
乾杯が進むにつれ、だんだんとその行為がおぼつかなくなりましたが、、

たくさんの乾杯と、祝いの言葉と、ケーキと、プレゼントなどを頂きました。
乾杯のおかげでDJもブリブリと力が入り、フロアからアツいリアクションも返ってきて、
(珍しくブースの前に人が溜まってきたり)
気持ちよくプレイできました。

本当にどうもありがとう。
楽しかったです!


他国の事情にそんなに詳しい訳ではありませんが、アルバイトから始まり社会と関わってきた仕事内容のほとんどがサービス業という経験から、日本のサービスレベルはかなり高いと感じています。
ただ、サービスを受ける側にいる時はいいのですが、従事する側は、お客様の満足や笑顔が自身の満足にもつながる、喜びのある仕事でもありますが、あるレベルを超えた途端、その内容は召使い、奴隷と一緒になってしまいます。
サービスを受けることが当たり前になってしまうのは考えものだという思いが、ここ数年強くあります。
サービス及び接客など、与える側と、受け手側の関係は、ほどほどくらいがちょうどいいと思います。
当たり前のレベルが総じて日本は高いので、ちょっとのことでクレームやら問題が起こってしまう。
くだらないことで余計な労力は使いたくないものですし、相手に期待をしすぎるから失望も大きいワケで。。
(もちろん最低限の出来ていないといけないラインも存在しますが)

この辺の意識の似たタイプがオーガナイザーをしているパーティー(もしくはお店)は、
居心地よく楽しく遊べます。
(そういうタイプは人間的魅力に溢れ、商売っ気があまり感じられなかったりする事が多いです)

まあ、あまり難しく考えずに、自分の記念日には、自分で友人を誘って集まると単純に楽しい。
DJとかライブとか、イベントしたいのなら、誰かに頼んだり、肩肘張ってハッタリを考える前に、
そういうタイミングなんかで呼びたい人を呼んで、自分の出来る事、やりたい事をやればいい。

基本は、好きな人を初めて家に呼ぶ時に、まず何をするか? って事です。

2010年5月2日日曜日

Kez YM

大阪unionでのパーティー、zipにゲストで千葉からKez YMくんに来てもらいました。
当日の彼のDJは、ひとことでに言ってしまうとハウスなんですが、
Moodymannとかあのへん周辺のトラックを、ディープにではなく、
あそこまでダンサブルにかけれるDJを、
オレは日本人で彼しか知りません。
少なくとも大阪にはいない!

ずっと踊ってました。unionスタッフも太鼓判。

彼がツマミやクロスフェーダーを触ると、フロアの温度が上がります!
是非体験してほしいと思います。
大阪には絶対また来てもらいます。

集まってくれた皆さん、どうもありがとうございました。


次回zipは7/30 fri ゲストはDenくんです。

2010年4月29日木曜日

2度目の上田LOFT

行ってきました。
今回は大阪からKIHIRAさん、長野MANCHEEZのOKIくんと、BATH TIMEというパーティーに参加しました。
翌日は長野のROOTSで前日のメンバー+TOMOKI A HEART、そして内川さんとでわいわいとブースをJACKして来ました。
いろんな出会い、再会があり、新しい交わりも生まれ、益々今後が楽しみになって来ました。

上田LOFTでのミックスをアップしました。
右側のプレーヤー、もしくは
http://jackfordaze.podomatic.com/
からどうぞ。

2010年4月9日金曜日

JFD-004

■World Respect Detroit Day

というわけで行ってきました313の日。岐阜の駅から歩いて5分、みんなもうメシ食ってんだろうなと創作居酒屋「亀甲」の前まで来たら、店内から友人が携帯片手に勢い良く出てきた。どうやら、早く上にあるクラブ「エメラルダ」のフロアにあがってこいとの催促の電話なご様子。彼は両店のオーナーだ。お互い口パクとジェスチャーで挨拶を交わす。店の中2階のやぐら席には、何年か前の大阪宗右衛門町以来のクロード・ヤングが日本酒を呑んでいた。
クロードといえば2002年頃に京都のコンテナ跡地で行われたパーティー Squattin' の印象が個人的に強い。挨拶してすぐ、「京都のK、覚えてる?」と話を振ると、「オー、Kイズマイブラザー!!!」と言うので、「ベイビーが今度2人目やで」と言ったら、「・・アンビリーバブル・・」と両手を頬のポーズで非常に驚いていた。先程のオーナーとお互いのiphoneで娘やら猫やらを見せあったりと、相変わらずご機嫌なクロード。岐阜の女子からも「DJも人柄もいいし、かわいい!」と評判で、パーティー終了時には皆からすっかり慕われ「クロヤン、クロヤン」と呼ばれていた。
今宵をサポートするローカルのDJ達がとても歓迎してくれるので、嬉しくてこっちもいきなり呑みに入ってしまう。クロードは熱燗、オレがビールをおかわりすると、東京からクロードと一緒に来ていた初対面のTK君から「まーだ呑むんかい!」と何故か関西弁で突っ込まれた。呑助に手馴れた応対をする彼は、クロードのDJ中に手を挙げて踊りまくってた。そのうしろでオレも、だが。
TK君のとなりに座って飛騨牛やらをつまんでたガタイのいいN君を紹介された。パーティー中に踊り疲れて上に栄養補給しに行ったら、彼はフードブースのとなりで黒人女性の絵を描きあげていた。その絵にはソウルが溢れていて、素直にスゴイと思った。京都ウーピーズの楽屋の絵を描いた人だった。

今どき、パーティーにデトロイトの冠をつけた所でそんなに人が集まる訳じゃないが、コズミックだとか、ブラック・サイケデリックだとか、それぞれの宇宙を心に秘め、この日集まった連中は、デトロイト・テクノやパーティーに対してそれぞれの想いがあっただろうけれど、クロードは存分にそれに応えてくれた。ハードなマシーングルーブもハウスマナーもバッチリで、フロアの熱は最後まで冷めることは無かった。前回来た時も感じたけど、やっぱり岐阜はフロアの反応が素直で良い。たとえば、終盤 ACID TRAX をハードフロアの Acperience1 のロングブレイクまでロングミックス。とか、もう今どき滅多にありえない瞬間をフロアで共有出来た。東京のレコ屋 technique の社名にもなっているエナジーフラッシュとかも久々に聴けたし、ガン踊り!
313の日に303、それだけでメシが3杯食えるってもんです。まあそこまでの奴は少数だったと思うけど、そんなマニアなデト・オタがフロアを引っ張り、それ以外も結構な数が集まり、フロアが煽ればクロードが煽り返し、更にフロアも煽る。熱気があり、箱のほうぼうで話も弾んでいた。当のクロードは4時間近くプレイした後、最後まで残った笑顔の客十数名に囲まれ
「今日は3月13日でデトロイトのエリアコードは313でしょ?だから今日は、ワールド・リスペクト・デトロイト・デーってことで、今日ここに呼ばれたんだよ。」って興奮冷めやまない客から今更言われてて、しかも
「そうなの?」とか答えてるし超ウケた。
だべってなかなか帰らない皆に向かって、レモン酎ハイでヘロヘロのオーナーが「みんな今日もありがとう! はよ帰って!!」と爆笑の挨拶で〆。

パーティー後は、店からほど遠くない所に住んでる友人夫婦の家に今回もお世話になった。実は神社が好きだというクロードが昼の2時頃、近所の神社を観光してたらしいのだが全く起きれず。夕方、鶏が旨いと地元で評判の「あかねや」に連れてってもらい、迎え酒。鉄網で焼いた肉の野性的な歯ごたえと甘い肉汁を堪能、ホルモンは口のなかで溶けて無くなっていった。
しばらくして、以前岐阜でmagot brainという素敵な名前の店をやっていたという、「通称・岐阜のグランドマザー」が笑顔でポーズをとってやってきて、隣に着席。
「今どきまだDJやってるってことは、アナタもおぼっちゃん?」などとからかわれるが、オレの半端な学歴と今のシノギの内容を伝えると、グランドマザーはカウンターにひれふしてしばらく嘆いていた。世話好きなタイプで、友人夫婦もだいぶお世話になったクチみたいだ。それぞれの土地に、それぞれの物語がある。韓流の若手イケメンを携帯の待ち受けにして、フレディー・マーキュリーと待ち合わせしてるというマザーは、フレディーが来るのを待たずに鴨肉の鍋をつつき始め、オレ達にもわけてくれる。これまた生命力を感じる味で旨かった。「4月にレコード持ってまた来るので是非来て下さい」と伝えると「ああ、カメラルダ?」と返してくるグランドマザー。こういう楽しい人は大好きだ。

パーティー明けの日曜日に、こういう感じで家族とも呼べる仲間とほっこりした時間を過ごした後の気持ち。帰りたくない。しかし、帰らねば。1978年に出版されたNYのゲイ・ライフが描かれた「ダンサー・フロム・ザ・ダンス」という、音もだち夫妻から以前借りたが、重厚な内容の為なかなか読めてなかった小説を持参し、道中の電車内で読んだ。岐阜は近いのでそんなに進まなかったが、行きは
『だが彼らの顔が、これ以上はないほど甘く幸せに輝く瞬間がある。全員がひとつになって、溶け合う瞬間がある。彼らはそのときのためにここに来るのだ。それはだいたい朝の六時半ごろに起こる。彼らは汗びっしょりのTシャツを投げ捨て、
「Make me believe in you, show me the love can be true.」と歌うパティ・ジョーに合わせて叫びだす』
という描写に、以前から好きだった曲にそんな逸話があることを知り興奮したが、帰りは日曜日の今の自分の状況と、その本に描かれるマローンという人物の日曜の孤独とが共鳴してしまい、とてもセンチメンタルな気分になった。

DJだけじゃなく本気で占いもしてる友人曰く、「2009年の12月末頃からずっと逆行してた火星が、313の2日前に順行に戻った」そうで、なんかスムーズに行かない、やる気が出ないなどそういう時期にあったのが、順行に戻ったことで今まで停滞していた事がいきなり進んだり、やる気が出て来たり。世の中全体が前に進もうという空気をどこかで感じられ、元気がなかった人も元気が出てくるタイミング、らしい。
確かにこの週末になって、今まで溜まってた事がいろいろ動き始めたりしている。この春はそれに集中しよう。
帰ってから景気づけに red planet のstar dancerを聴いた。前に進もうという気が湧いてくる。やっぱり名曲だ!

NEW LABEL JFD-004

■NEW LABEL INFO

90年代半ばより一貫してCHICAGO, DETROITのHOUSE, TECHNOをサポートし続け、近年は親交の深いDJ 3000のレーベルよりリリース活動を行ってきた DJ COMPUFUNK a.k.a. LOVEGODによる、同名のセルフレーベルがスタート。

REMIXERには同じ大阪、そして同世代で活躍するARTISTの一人である ALTZ, そしてURから MOMADICO a.k.a. DJ DEX が参加。デジタルリリースが主流となりつつある昨今、あくまでアナログのリリースにこだわった熱い思いが封じ込められた一枚が UNDERGROUND GALLERY のサポートにより、2010年4月リリース予定。


MORE INFO
http://www.compufunk.com
http://www.undergroundgallery.jp

(紙面上で一部間違いがありました、こちらが訂正版です。申し訳ありません。)

2010年3月27日土曜日

NEW CLUB & PARTY!

■レコ屋の奥にDANCE FLOOR! JACKFORDAZE launch party!!

大阪、堀江で十数年に渡り、シカゴ・デトロイト系を中心にテクノ、ハウスのヴァイナルをサポートし続けてきたCOMPUFUNK RECORDSに4月からBACKROOMが出来ます。そこでレギュラーパーティー始めます。

by JACKFORDAZE

■■COMPUFUNK RECORDS_BACKROOM
B1 HORIEDAIKYO BLD. 1-2-25 KITAHORIE NISHI-KU OSAKA
TEL 06-6536-0065
http://www.compufunk.com


■4/17 sat JACKFORDAZE launch party!

DJs: kunio asai (Brilliant*), kono, handa
FOOD & BAR: abetica, kaoru♥
FLOOR EFFECT: SAKI & ERiNi

22:00 start
¥1500/1D

do it ourselves style.

2010年2月9日火曜日

【号外】

■壊れた十年

去年の12月にサンチャンでDJしたとき、バーでオレに向かって「半蔵さんて、HOUSEFORCEですよね?」と喋りかけてきた奴がいて、ええ今更?!ってなって話をした(わからない方は流して下さい)。振られた話に何気なく答えたら奴は深く考え込んでしまったので、しまったと思い、その後は言葉を選んで喋った。その時期オレはアシッドハウス熱に猛烈にやられてたのだけれど、オレのDJ中からそいつの動きが激しくなってきて、その後はブースにぶつかりまくりやがって、迷惑な奴やと思った。店のヒゲのスタッフがうまく対応してくれた。でもオレがもっと暖かい音をかけてたらそうはならなかったのに、って実際思った位、素直さも感じた。
そいつのあまり良くない評判は聞いてたけど、実際それがそいつと知ったのは後になってからだった。同じ空間にいた事は何度もあったみたいだけれど、向きあって喋ったのはその時だけだった。今日起きてPC開けたら友人の日記でそいつが自殺をしたと知った。

先週末、「ゼロ年代の音楽 壊れた十年」を読みながら京都の兄貴のところに散髪に行った、はずなのにちょっとしたミーティングが始まり喋りまくった。美容師とDJ兼パーティーオーガナイザーとの職人同盟、お互いの今後の展開について、ちっちゃな話ではなく、おっきな話なんかないの?っていう話。
ふたりともおっきな話の行先は「社会貢献がしたいねん!!」という所だった。気がつけば店に来てから2時間以上経っていて、そろそろ髪切らないと終電間に合わない、って事でやっと散髪が始まった。外は吹雪いてたけれど、だいぶホットな店内だった。出来上がった髪型は非常に気に入っている。

何が言いたいのかというと、小泉以降確実に分断されて壊れた社会を、自分らの手で取り戻したい、ということだ。ミーティングポイントの役割は重要だけれど、行政とか体制側にそれを期待するよりも、自分らの手でそれを作った方が早く、機能的だと思う。言葉でいうほど簡単じゃないし、もちろん世の中全ての人に対してなんてとても出来ないけれども、自分の手の届く範囲でなんとかしたいと真剣に思う。それをやりながら、手法だけ公開するから後は自分らでやってくれ、と思う。ジャンル問わずそういう人達の連帯が無ければ、個の力だけではどうしようもならないところに今の社会は追い詰められていて、みんながしんどい。だから考えるのを放棄して、もしくは誘導された枠組みの中でしか考える力を持てず、挙句の果てに、何でも死刑にしてしまえ!という民意が増えてしまうのだと感じる。(死刑容認、過去最高の85・6%… 内閣府調査 読売新聞 - 02月06日 18:29)

でもそれじゃダメだ!ってのが、今の自分のモチベーションです。
参考リンク

そんな事も考えつつ、、

「踊ることは瞑想することだ。なぜなら、宇宙は踊っているからだ。そして、宇宙が踊っているのだから、踊らないものには、何が起こっているのかわからないのだ」

■Social Infection presents 地下茎210 at NOON ■
  --- with HAMASTAR SOUND SYSTEM ---

2010年2月2日火曜日

SUPPORT YOUR LOCAL vol.2 JFD-003.3

 
■■■DJオーディション

90年代の頭に京都の祇園のはずれにGARDENてなかなかいいクラブがあって、そこでDJオーディションって企画があった(2回あったような気が)。田舎から出てきてクラブに遊びに行くようになり、DJに興味を抱いていたオレはこれはチャンス!とばかりにデモテープを送った。そしてカセットテープを送りつけた6人がとある金曜日に呼ばれて、店は1500円/1Dで通常通り営業。今思えば無茶な企画である。1人30分くらいずつDJして、上位3人は3ヶ月間、月イチ月曜日に枠をもらえる。オレは燃えた。

どうやって順番が決まったのかは覚えてないけど、その日のトップバッターだった彼の顔は以前から知っていて、なんでキヒラさんと一緒にDJやったりしてる人がこんなとこ来てんの?って思ってた。でも、バレアリックというか、彼のDJでフロアは暖かい感じで良かったし、オレも踊った。で、当時、自分はまだそれほど好きじゃなかったNYハウス系のDJが2人目から5人目まで続いて、結局5人目終了まで2人目からひとりもフロアに人が出て来ないという、当時まだクラブも行き始めたばかりであまりよくわかってないオレでもさすがに・・・っていう激寒な展開、さあ、困った。『人前で初めてのDJなんだよなー、一応持っては来たけれど、こーれかけるのは勇気がいるなあ。でもフロアずっとこれやもんなあ・・』と、緊張感マックス(オレもフロアも)のなか、イチかバチかでかけた曲。恥ずかしい思い出だ。でも当時、この時のイロモノDJっていうレッテルを覆す!っていうのがそれ以降しばらくの間自分のモチベーションにあったような気がする。まあさておき、これが項を奏してフロアの緊張がとけ、その後は、その頃大好きだったtower of powerとかホーンセクションが効いてベースがファンキーなんとか、talkin' loudらへんを気持ちよくかけれたのを覚えてる。

店でレギュラー持ってるDJの大先輩方が審査して、1位、トップバッターだったTENちゃん(文句なし)、2位にめでたくオレ入賞、で、3位がNYハウス勢の中で、あ、この人のんは好きかもって思った彼、この3人で月曜日の枠を勝ち取った(自分の記憶では3位だったとずっと思っていたんだけれど、昔のスケジュールひっぱり出してみたら2位って書いてあった。)

TENちゃんの家にはよくフライヤーを作りに行った。モノクロで映える写真を探し、いろんなフォントで英数字が載ってるタイポグラフィーの本を彼は持っていたので、それをローソンで何種類かコピーして、それを1字1字ならべて貼ってクレジットを作る。で、コピーして影の出てるところをホワイトして…非常に手間のかかる作業だった。そんな時代。でも、それが良かった。
記念すべき最初のフライヤーは今でも大事にしている。その後もしばらくTENちゃんとは別の箱で一緒にパーティーをする仲だった。そこが京都のMushroomだった。オレが毎回キメにかける曲が同じでヤダとケンカもしたが。彼はその後CISCO大阪から渋谷へ。現在はWOMBのSTERNE(ご存知石野卓球のパーティー)のレジデントや、昨年からERRって野外のパーティーも仕掛けている。

                     当時のフライヤー